三菱電機株式会社が新しい津波監視支援技術を開発し、話題になっています。従来の測定方法では10%の誤検出がありましたが、それを0.1%以下に抑えました。つまり精度が100倍高まったのです。
これにより、岸に大津波が押し寄せる情報を「15分前」に検知することができ、避難が可能になる「10分前検知」を上回ることができます。
三菱電機は2025年までの実用化を目指しています。
大津波の恐怖は、2011年3月11日の東日本大震災によって「日本人のトラウマ」になっています。津波予測が強化され「大津波から逃げることはできる」と実感できれば、国民は安心できます。
三菱電機のこの「安心技術」は、どのような仕組みになっているのでしょうか。
このページの目次
なぜこれまでの津波観測では力不足なのか
三菱電機の津波監視支援技術が100倍の精度を実現したのは、新しい海洋レーダーを開発し、「ある方程式」で解析したからです。
海洋レーダーを使う目的は、沖合の津波を検知して、岸の到達場所と到達時間を予測し、警報を出すことです。それで住民を避難させれば、津波による人的被害を減らせるわけです。
この新しい海洋レーダーと「ある方程式」の仕組みを紹介する前に、なぜ現状の津波観測では「力不足」なのかみていきましょう。
そのほうが三菱電機の新技術の「すごみ」がより実感できるでしょう。
「光学センサー+高周波数レーダー」では20kmが限界だった
三菱電機は海洋レーダー開発を、東日本大震災の12年前の1999年から始めました。当初は光学センサーや高周波数レーダーを使って沖合の津波をとらえようとしていました。
光学センサーとは、光をレンズで集め、その光のデータを対象物の形や色などの画像データに変換する技術です。
レーダーとは、電波を対象物に発射して、対象物からの反射波を測定して対象物までの距離などを算出する技術です。
この「光学センサー+高周波数レーダー」による津波観測では、沖合20kmの津波までしか観測できませんでした。それは地球が丸いからです。「光学センサー+高周波数レーダー」は真っすぐ進むので、発射地点から離れれば離れるほど、海面から遠ざかってしまうのです。
しかし20kmもの先の津波がわかるなら、十分のような気がします。
ところが大津波の時速は195km/時間にもなります。すると20㎞を進むのに6分しかかかりません。都市再生機構の試算によると、避難にかけられる時間があるか否かの目安は10分間です。
この数字を単純化すると、「10分前に大津波が来ることがわかればぎりぎり避難できるが、大津波が来ることが6分前にわかっても遅い」となります。
つまり三菱電機としては、沖合20kmより先の津波を観測する必要があったのです。
短波帯の電波を使った新海洋レーダーの実力
新しい津波監視支援技術では、「光学センサー+高周波数レーダー」の代わりに「短波帯の電波」を使いました。これが新海洋レーダーです。
新海洋レーダーは、地球の丸みに沿って飛ぶことができます。すなわち、どれだけ飛んでも海面から離れることがないのです。
三菱電機は、50km先の津波をとらえることに成功しました。
時速195km/時間の津波が50kmの進むのに15分かかります。避難に必要な10分より、5分余裕があります。
ただ沖にいくほど邪魔な情報が多くなる
さて、三菱電機は新海洋レーダーを開発したことで、50km先の津波をとらえることができるようになったのですが、それだけでは高い精度は生み出せません。
なぜなら岸から遠ざかれば遠ざかるほど、津波以外の通常の波「定常流」が増えるからです。津波は定常流の上を走行しているイメージです。岸に近いほど定常流の量より津波の量が多くなり、沖にいくほど定常流の割合が多くなります。
<津波のイメージ>
津波の観測にとって、通常の波である定常流の情報は「邪魔なデータ」です。つまり新海洋レーダーでより遠くの波をとらえようとすると、より多くの邪魔なデータを拾ってしまうのです。
そこで三菱電機は、必要な情報である「津波成分(津波のデータ)」だけを検出し、邪魔なデータである定常流のデータを除去する技術を開発したのです。
「ある方程式」を使って津波成分だけを抽出
三菱電機は、海表面からより多くのデータを集めることで、津波成分と定常流を分けることに成功しました。この2つのデータを分けることができれば、津波成分のデータを残し、定常流のデータを除去できるので、純粋な津波成分のデータをつくることができます。
後は津波成分データを「波の画像」に変換すれば、津波を監視している人が大津波の位置や押し寄せる様子や大きさをひと目で確認できます。
海表面の流れである「流速情報」だけを追ったのでは、津波成分と定常流を区別することはできませんでした。そこで三菱電機は、流速情報の観測に加えて「浅水長波理論」による観測を導入しました。
浅水長波理論は津波伝搬解析で用いられる波高と流速に関する方程式を用います。この方程式を解くことで、津波の高さだけをリアルタイムでとらえることができるようになったのです。
まとめ~津波観測の新たな「武器」になる
気象庁はいま、地震計や津波観測施設を使って、24時間体制で地震と津波の観測を続けています。そのお陰で地震と津波が発生して「すぐに」警報を出すことができます。
しかし東日本大震災での津波観測については、「気象庁が発表した津波予想が小さすぎて、逃げ遅れた人が多数出た」(時事通信社、2014年2月25日記事*)といった指摘もあります。
地震国であり津波国である日本には、三菱電機が開発した海洋レーダーのような新たな「武器」がまだまだ必要なのです。