寸法を正確に測るために計測器に求められるもの、それは、いつでも同じ精度で測定できること事ではないでしょうか?
5年前の計測器と10年前の計測器で計測寸法に差が出てしまっては、計測の正確性を確保することはできなくなってしまいます。
一方、金属は微量ながら年月の経過とともに組織に変化が起こり、それが原因で微妙に形が変化してしまうことが知られています。そんな金属によって作られる計測機器の経年変化はいったいどのようにして抑制されているのでしょうか?
今回は計測機器を製造する上の課題、経年変化とその対策についてご紹介します。
このページの目次
そもそも、なぜ金属は経年変化を起こすのか?
まず初めに、金属に起こる経年変化についてご説明します。
金属はその精製の段階で、様々な組織機変化を経て形成されます。その組織変化の段階で金属の組織の一部にオーステナイト組織と呼ばれる組織が形成されることがあります。
このオーステナイト組織は非常に不安定と言われています。通常鋼材は熱処理によって組織をマルテンサイト化することにより、組織的な安定を保っています。この組織的な安定は金属の特性を長時間維持できるというメリットの他に「組織が変化しない=寸法的な安定を保てる」という特徴があります。
しかし、金属の精製の段階ではマルテンサイト化した組織の一部にオーステナイト組織が残ってしまいます。この残ってしまったオーステナイト組織を「残留オーステナイト」と呼びます。
残留オーステナイトは組織的に不安定な組織で、温度の変化や経年によっていずれはオーステナイト組織からマルテンサイト組織へと自然に変化してしまいます。
この変化の段階で、微細な分子構造の変化がおこりそれに伴って金属そのものの寸法や形状の変化が起こるのです。この変化を「時効変化」と言います。
時効変化を起こさせない方法とは?
では、どのようにすれば時効変化を抑制できるのでしょうか?実は、金属の中に残留オーステナイト組織が存在している以上は、時効変化をゼロにすることはできません。
では測機器の精度に影響を及ぼす時効変化をどのようにして抑制しているのでしょか?
もっとも原始的な方法「枯らし」
現在では計測機器の製造の段階で「枯らし」を行うことはまずまりません。理由は時間的なコストです。
「枯らし」とは作業の俗称です。実際の作業は何もありません。精製した金属をある一定の期間、自然環境下に放置することで、自然と時効変化が起きるのを待つ作業です。
時効変化は金属の精製後、数年間(金属によって違います)がもっとも大きいとされています。その期間、金属を自然環境下で放置することで、時効変化を起こさせ残留オーステナイトが減少した後に、整品として加工する方法です。
有名なところでは、工作機械の土台(ベッド)に使用される鋳物などは、昔は鋳物を成形した後に数年間放置した後に製品として加工を行うのが一般的でした。この放置期間(作業)を「枯らし」と呼んでいます。
熱処理による強制時効変化
枯らしはその性質上、どうしても残留オーステナイトの除去に時間を容姿してしまいます。近年のものつくりは「ジャストインタイム」を基本とした在庫や仕掛を嫌う傾向が強く、旧来の枯らしの作業を待っているだけの余裕はありません。
その為、近年ではこれまでの枯らしと同様の効果を「熱処理」によって得る方法が主流となっています。
この時効変化を強制的に起こさせる熱処理の事を総称して「時効効果熱処理」と呼んでいます。
時効効果熱処理は大きく2つに分類されます。二つの違いは熱処理の温度で、一方は高温、他方は超低温です。その中でも計測機器の製造などに使用される金属の場合は後者の「低温時効効果熱処理」を行うのが一般的です。
ちなみに高温の時効効果熱処理は冷却の段階でオーステナイト組織が形成される懸念が大きく、精密計測器では殆ど用いられることはありません。
低温時効効果熱処理「サブゼロ」
低温時効効果熱処理は通称で「サブゼロ」と呼ばれています。
サブゼロとは自然界でもっとも低温な状況を作り出すことのできる、液体窒素を用いた低温時効効果熱処理です。液体窒素の温度はマイナス196℃です。この超低温の液体の中に素材をいれて強制的に冷却することで、枯らしと同じような効果を得ることができます。
これは、金属が超低温の環境下ではその内部に残留していたオーステナイト組織がマルテンサイト組織に変化をするという原理を用いた時効効果熱処理です。
この方法であれば短時間で枯らしと同様の効果を得ることができ、製品の製造にかかるリードタイムを大幅に抑制することが可能です。
実際の計測機器の金属部品の製造手順は?
では、最後に実際の計測機器に使用されている金属部品の製造工程をご紹介します。
例にあげるのはアウトマイクをなどに使用される「ダイス鋼」を原料とした測定子です。以前、計測機器の製造メーカーを見学した際の手順をご紹介します。
1、素材への熱処理
まずは素材の段階で、その金属の特性を引き出す熱処理を行います。
ダイス鋼の場合はいわゆる「調質」と呼ばれる熱処理を施工します。この段階である程度の金属の歪への対策の意味も兼ねています。
2、荒加工
素材から製品の形状に一定の取り代を残した状態まで加工を行います。
3、歪とり熱処理
2の加工の段階で、加工を行ったことによる加工応力を除去するための熱処理を行います
4、仮仕上げ加工
仕上げ形状の一歩手前までの加工を行います
5、硬化熱処理・時効効果熱処理
測定子に必要な硬化熱処理を行います。その後、液体窒素により時効効果熱処理を施工します。
6、仕上加工
最終的な仕上げ加工をおこないます。この段階では加工による残留応力が発生しないよう細心の注意が必要です。
精密計測機器の様々な工夫
いかがでしたか?精密測定の求められる計測機器の製造には様々な工程で、様々な工夫が施されています。
この他にも精密計測機器の製造には様々な特殊技術が採用さえれています。今後も機会があればその都度記事にしてご紹介していきたいと思います。